働くために生きるぐらいなら私はさっさと死にたい

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私は昔から周囲の人間によく

・働けるだけありがたく思え

・働かせて貰っているんだから贅沢言ってんじゃない

・人間は働くために生きてるんだよ

などの言葉を主にニートだった期間に言われたことがある。私は今ではこの表現にものすごい違和感を感じている。こんな風に苦しみながらもなんとか生きている状態の人を追い詰めるから人生を上手く生きることのできない若い人間が自殺したり、焦ることで間違った情報を信じてしまったり、ブラック企業に無理して入って過労死するんじゃないだろうか。今日は働かせてもらっているという言葉に対して私が感じている違和感を書いていく。

働かせてもらっているという表現に感じた違和感

私は前にも言った通り、世間の言葉で言えばニートの括りに該当する時期が3年ほどあった。その時や辛い仕事(仕事に関して詳しく知りたい場合ははこの辺を読んでほしい)をしていた時代に上記のような言葉を言われたこともあって、普通に生きるのを辞めようと考えた。

というのもいじめの辛い記憶を抱えながら、ただでさえ生きづらい状態なのに変わりはいくらでもいるなどの心無い言葉で脅してくる安全地帯にいる人間共の意見に従って働くために生きるぐらいなら死んだ方がいいと思えたからだ。むしろいじめ後遺症の保障とかもらいたいぐらいだが令和になった今でもこの国にそんな制度はない。

更生のサービスがあるとはいえ、そういうサービスは今の所追いつめられた経験で人間が嫌いになった人間のために1人でも仕事ができるフリーランス等への方面を目指す支援はしていないもしくは少ないこともあって、最終的には結局就職活動をして大嫌いな人間の波に入って仕事をしなければならない。それに私は前にも言った通り更生という言葉自体が嫌いである。

適性を見るべく様々な施設に行ったが施設の人間に「小林さんは働きたいからここに来てるんでしょ?」言われるたびに不満や不信感を募らせた。身内や友人に上記のような言葉を投げつけられていじめ後遺症などの苦しい気持ちを抱えながらも仕方なく重い腰を上げて施設に行っている人間も多いだろうに人生を上手に生きられるもしくは働かなくてもいいんならこんなところに来ねえよとしか思えなかった。

働かせてもらっている精神なんてどこで誰が考えたものなのだろう。「働かざる者食うべからず」と同じように日本人の我慢美徳や奴隷根性の中に含まれる陰険な部分から生み出された考えなんだろうか。それなら私は特に特別階級でもないから奴隷をするために生み出されたのだろうか?未来を背負う子供たちなんていうのは建前で・・・生活保護を受けようとする人を非難する、今現在のコロナウイルスでマスクやアルコールが入荷しないという理由でドラッグストアの店員さんに暴言を吐くなんていうのを見ているとそうとしか思えなくなってくる。

私は今でも中学校の時にいじめを受けていた時点で社会で生きる適性がないことに気づいて、人生をドロップアウトして社会問題にしておけばよかったかなという考えが消えないでいる。

お金よりも大切なものがある人間だっている

皆様はお金よりも大切な物ってあるだろうか。それは時間だったり、自分の好きな事だったり、友人だったり、興味を持ったものを追い続けるなど様々なものが考えられるだろう。

私だってそうだ。見てれば分かる通り私は金よりも女子キャラクターの方が大事な人間だ。だからこそ前に書いた通り金はほどほどに稼いで生活を送っている。働かせてもらっている精神を持つ人間はそう言ったものを持っていないんだろう。

家族とか家、高級車なら持っているかもしれないが家族を養う、家や高級車を買うにはたくさんの金が必要なので必然的に多く稼げる仕事をする必要が出てくる。それらを必要ない、もっと大切なことがあるからほどほどに生きている人間に働かせてもらっている精神をぶつけるのであればそれは価値観の押し付けに他ならないだろう。

安全地帯にいる人間たちはそういう価値観の押し付けで引きこもりやニートの人間のことを叩いたり、心無い言葉で追い詰めたり、単に社会の闇として放置したりしているのだろう。私もいまだに世間から見れば大した金額を稼げていない上にクズ判定をされる立場だし、年齢だけは大人になってしまっているが、立場で判断したり、価値観の押し付けで人を馬鹿にするような腐った大人にはならないようにしたいものである。

それにしても働くために生きるなんて考えを受け入れるぐらいならもうこの世界にすらいたくないから早く死にたいと考えてしまうな・・・

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コメント

  1. 一力 篤史 より:

    同意見です。
    記事の通りに働けるだけありがたいと思えて言いますけども、じゃあ私らのように苦しい気持ちとかわかるのか?とか苦しい経験してきたのか?働きやすい環境にしようとしないのか?て違和感を感じますし
    私も最初の文の記事のように年配の上司から「低収入でも働かせてもらえるだけでもありがたいと思え、障害の特性とか言ってるのは責任逃れの逃げ口上」と言われ、自信をなくした時期がありました。

    • zyoken より:

      一力篤史様 コメントありがとうございます。
      そういうことを言う人たちは一応は苦しい経験はしていると思います(主に洗脳的な考えを受け入れて色々と諦めるという別の形で)が、それをほかの人間にも強要する場合が多いです。金を振りかざしたり、クビをちらつかせたり(人間は無職になると立場が悪くなるし、金がないと生きていけないので)すれば何でも言うことを聞くと思っているでしょうし・・・とはいえ年配の人間をいまさら改めるのは難しいでしょうね。自分たちも酷いことをされてきたんだからお前らも苦しめが当然だと思っているでしょうし、他人は変えられないから自分で転職なり考えを変えるなりして行動しろ、使えない奴はいらないがこの国の考えみたいですし。
      なので障害を逃げ口と言っている人間のいる場所からは撤退した方がいいです。そういう人間は平気で誰かを潰す危険人物ですし、今でもアレルギーが迷信みたいな考えを持っている場合も多いでしょうから相手にするだけ無駄なこともありますから。