話し合いやイベントグループに多い強制リーダーへの対処法

Pocket

皆様はグループディスカッションやらイベントの班行動の時に強制的にリーダーや班長など中心的役割をやってくれと言われる形で押し付けられた経験はないだろうか?私はよくある。上の人たち(私の場合は主に教師だった)の言った理由が揃いも揃って

「小林は真面目だから信頼できるし大丈夫だろう!」

だったりする。私は説教が嫌いなので真面目に行動しているだけであって、人を取りまとめるということは死ぬほど嫌いなんだけども・・・その辺分かってもらえなかったみたいだ。

また、強制的にリーダーにされて決まった班のメンバーが全員大人しく自分の意見を言えない、やる気がなく協力してくれないなどといった場合は最悪である。というのも、誰も話題や目的に話さないのでいつまでたっても話し合いが始まらないという状態だからである。そして自分からしゃべりださないと管理している側や審査員に早く話し合いを始めろと言われるからだ。自分の意見を言わない人間には指示を出すのも一苦労だ。

なので今日は強制的にリーダーとして動かなければならない状況に立たされてしまったときについて書いていこうと思う。

人間は面倒なことはやりたがらない性質がある

取りまとめ役というのは大変なことだ。メンバーの意見をまとめたり班の先頭に立って引っ張ったり、教員や上の先輩などと連携を取り合い、班員への連絡の伝達なども行わなければならない。小学校の頃であれば一部の積極的な人間はそういうのをやりたがる傾向にある人間もいる。

だが、中学校以上になるとそれすら避けようとする人間が増える。まあ、人間は年を取ると面倒な役割を引き受けたがらなくなるので

だが、厄介なのが推薦というシステムだ。○○さんがいいと思いますみたいに頼れそうな人を別の人が推薦し、候補に挙げることだ。本気で信頼してくれているならまあ・・・と思うことはあるのだが、このシステムが厄介で中にはいじめの対象に押し付けるためにこの性質を使う人間がいる。

理由なんて真面目だから頼れると思いますみたいなことを言っておけば認めてもらえるし、それで全員が手を挙げれば○○くんお願いねで終了だ。私は実際にこの策略に嵌められそうになったことがあり、ここには書けないレベルの情けない方法で役割を逃れ突破したことがある。

私はその時いじめにあっていたのだが、もしを私が引き受けてやっていれば、皆言うことを聞いたのだろうか。上手く支持できなければおい小林リーダーだろ真面目に纏めろよー。みたいな感じでヤジを飛ばされたのではないかと思えないのである。

だが、引き受けると主体性が身につくことがある

しかしこのリーダーというポジション、強制的に立たされてしまうのは理不尽以外の何物でもないがデメリットばかりではないと私は思うのである。というのもリーダーというポジションをこなすことによって

自分の基準で物事を考えられる主体性が身に着くのではないかと私は考えている。

私は人間が生きるのには主体性を持った方が行きやすいと思っている。主体性がないと自分がやりたいことが分からなくなりがちだし、その場に任せた選択をして進むべき道を誤ってしまうなどと言うことだってある(場合によってはその場に任せた選択が良い方向に行くこともあるが)。

リーダーというポジションは自分たちの班はどう行動するのかなど考えて動く必要が出てくる。そして中心で動くリーダーを班員たちがサポートしたり協力したりするというのが理想のグループだが、そう上手くは行かないものだ。

また、私はリーダーは班員に支えてもらうのが仕事であるという考えを聞いてからはそうだと思っている。班員というのは中心となっているリーダーに自分の意見を伝えたり、リーダーから言われたことを実行するという役割が本来はあるはずなのではないだろうか?だが、人間という生き物はリーダーにさえならなければ何もしなくていいみたいに勘違いしている奴らが圧倒的に多いので難しいだろう。

リーダーとか決めずに班全員で協力し合うではだめなのだろうか

私は推薦や強制的に決められる場合のリーダー制に対してこう思う。

リーダーなどの役割を決めずに班の全員で役割を決めて分担するじゃだめなのだろうか?と。

確かに中心的人物がいる方が物事は遠隔に進むのかもしれない。しかし、リーダーにだけ面倒事を押し付けて班員は協力せず何もしないっていうのはどうなんだろうか。そして計画通りに予定が動かず失敗した時に教師も班員もリーダーを責める・・・

こんなのいじめと何も変わらないと思うのは私だけだろうか?

やってくれるから、真面目だからなどの理由を用いれば誰だってリーダーに推薦されて全責任を押し付けられるぐらいなのなら、グループの中で○○リーダーみたいに班員に役割を決めて割り振り、その役割に従って班員全員が責任を持って行動するほうがよっぽど公平なのではないかと私は考える。役割を全員に持たせることで全員に均等に責任感が見につくと思うのだ。

今回は学生時代に推薦や強制によって起こるリーダーのことを中心描いてしまい、グループディスカッションの件についてはあまり触れることができなかったので機会があれば触れたいと思う。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク