なぜいじめ加害者はのうのうと生きることができるのか

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日本では学校でいじめが発生して被害者が自殺してしまうと、いじめ事件として大きく報道される。しかし被害者側の名前は報道するのにもかかわらず、いじめを行った加害者は少年という表現をされて実名報道されることはない。更に教師がいじめに加担もしくは見て見ぬふりをしていた時もその教師の名前は実名報道されず、担任、教師、校長などと表現される。

私は正直このいじめの隠ぺいと同じようなやり方に非常に苛立ちを覚える。加害者は実名報道されないことによって、事件後に数年だけ少年院に入り、出所後は改名などをして過去をすべてなかったことにした後に普通に会社にも入ることができ、結婚し家庭を持ちのうのうと生きることができてしまうからだ。今日はいじめなどで間接的に加害者がのうのうと生きられる仕組みへの怒りについて書いていこうと思う。

なぜいじめ加害者はいじめをしてものうのうと生きられるのか

私はいじめ自殺という行為を加害者による間接的な殺人であると思っている。なぜならそれはいじめという行為を行うことによって、被害者の生きる気力を奪い自殺に追い込んでいるのと変わらないからである。

それに加害者は罪悪感や人の痛みを感じることに対して非常に鈍感なのである。だからいくら人を傷つけてもそれを悪いことだと感じないし、成人して何年もたてばいじめをしていたこと自体を忘れてしまうことが多く、中にはいじめをしていた認識すらない加害者もいる。大半の加害者が「俺そんなことやっていたっけ~?」である。

また、何度か触れたことはあるが日本の学校、特に義務教育である小学校や中学校は非常に閉鎖的な環境にある。学生時代の子供にとっては学校の世界がすべてと言っても過言ではない。いくら大人が世界は広いんだと言ってもそんなことが分かるはずもない。学校の教員は大半が学生時代にいい思い出を持つ事なかれ主義なのでいじめ自殺が報道された時はなぜか一致団結していじめを隠ぺいするような行動をとるのである。

そしていじめ加害者は運動が得意で人気者であることが多い上に教員受けもよく、コミュニケーション能力が非常に高い場合がほとんどである。その特性は成人して会社に入ってからも存分に生かすことができ、過去のいじめ行為なども俺昔やんちゃしてたんですよ~と話のネタにすることもできてしまう。つまり日本社会で生きられる適性が非常に高いという部分がある。

この様に社会に適応できてしまうほどのコミュニケーション能力、事なかれ主義を恐れる学校や周辺地域の隠ぺいによるバックアップ、少年法などの法律によって未成年はいじめ被害者を自殺に追い込んでも死刑にならない制度、なぜか存在するいじめられる方が悪いもしくは問題あるという被害者批判の考えのせいで、いじめ加害者は守られ、有罪になっても少年院に送られているだけで済んでしまい加害者たちの自己満足の反省だけで終わり、自殺してしまった加害者の遺族はやりきれない思いを死ぬまで抱えて生きなければならなくなる。

加害者が罪を犯したら名前を公開すれば良くなると思う

ネットではいじめ加害者の名前を特定するような行為が行われている。私はこの行為を分かる部分もあるが少し理解できないところもある。その特定が万が一違っている冤罪だったとしたら特定をした人間も悪者になってしまうと思う。

そこで、加害者は~学生の少年という表現をやめ、実名で報道するようにすればいいと思う。それに加え私が以前に言った通りに前科をつけるのも効果があると思う。いじめという犯罪を犯した人間を少年というあいまいな表現で報道し続けるから、そのように加害者をネットで特定しようとする人間が出てくるのだと思う。

それに加え、いじめ加害者を実名報道して前科をつけることによって彼らの今後の人生をのうのうと生きられなくすることもできる。実名が公表されれば高校や大学を受験するとき、会社に入るとき、結婚するときなどにうまくいかなくなるので加害者もいじめという行為がとんでもないことだったのだと理解することもできるだろう。

もちろん隠ぺいをした学校も同罪である。いじめの事実を知っていたのにもかかわらず、見て見ぬふりをした教員は実名報道し、教師免許をその時点で剥奪し教員を首にする。校長などの偉い立場にいる教員は降格。隠ぺいがしていれば首にする。そうすれば学校の環境も少しは良くなるかもしれない。

実名報道することによって加害者や教員の更生が望めなくなる?知ったことか。痛みを感じることに鈍感ないじめ加害者には自分が取り返しのつかないことをしたのだということを分からせてやる必要がある!

自殺したいじめ被害者は加害者以上の痛みを受けて、生きることに絶望し自殺という道を選ぶしかなかったんだ!自殺した遺族だって泣き寝入りするしかなくて死ぬまで辛い思いを抱えて生きていかなければならないというのに加害者の肩ばかり持つ学校や法律にはもううんざりなんだよ!

私はいじめ加害者やそれを擁護する人たちがいなくなり、世界が精神的に安全になる日が来ることを願って止まない。

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