人間は永遠にルッキズムから逃れられないのか

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皆さんはルッキズムという考えをご存知だろうか?

ルッキズムとは身体的に魅力的でないと考えられる人々に対する差別的取り扱いのことをさす。身体的魅力はよいものと関連づけられる。他方、身体的に魅力がないことは悪いものと結びつけられる。多くの人々が、身体的特徴で他者を判断する。その人がどのような身体的特徴を持っているかによって、人々の対応の仕方は変わるのである。”美しきものこそ善”というステレオタイプに関する研究によれば、身体的に魅力的な人たちはそのルックスで得をする傾向にあったという。

出典:Wikipedia

要するに体系や容姿にマイナスな面(太っている、顔がよくないなど)が強く出ている人間に対して差別的な態度や対応を取ることである。正直、この問題はルッキズムという名前を知ったのは最近だが、問題自体は私がいじめを受けていた頃から知っていた。

この問題がなぜ人間にとって根深い問題であるのかというと、人間には美しいものを好み、醜いものを嫌う美醜の概念が本能的に備わっているからである。多くの場合イケメンや美女は重宝されるが、ブサイクは煙たがられたりいじめの対象にされるように・・・

鬼太郎の6期にも顔が良くなくていじめを受けている女子キャラが妖怪の力を借りて成形手術をする話があったりするので、人間が永遠に逃られない問題なのではないだろうか。今回はこのルッキズムについて私の考えを書いていこうと思う。

最初に私のビジュアルについて述べておく

ルッキズムについての私の考えを語る前にデブブサイクと何度も言われた私のビジュアルについて述べておく。

・毎朝の顔洗いは欠かさないがニキビは出来やすく肌は汚い。

・職務質問されやすいぐらいには暗い見た目をしている。

・かつてバナナマンの日村氏に似ていると言われたことがある(そのあと別の奴からフォローが入ったので私に言ったやつは冗談で言ったのかもしれない)。

・発汗しやすくアポクリン汗腺が多いため非常に臭い汗が出る。その影響で臭いといわれ続けた結果、頻繁に風呂に入る。

こんなところか。ちなみに最近は一般の人間でもsnsで普通に顔を出していることが多いが私は知り合いなどからの身バレの恐怖を持っているため一切出さない。まあ私の実際の顔見た人たちの99%は不快な気持ちになるだろう。

ルッキズムについて知るようになったきっかけ

私がルッキズムを体感したのはいじめの経験に加え、現在もプレイ記を書き続けているあつまれどうぶつの森である。有名なゲームなので知っている人も多いと思うが、プレイヤーが無人島に移住して島を開拓して理想郷を作り上げるシミュレーションゲームだ。動物の姿を催した住民と呼ばれる二足歩行の動物が400人近くおり、その中の10人と一緒に島暮らしを楽しむことが可能でコロナ禍もあって爆発的な売り上げを出している。その代わり運営はどうしようもない連中だが。

しかし400人も動物がいれば全員美形ばかりとは言えない。中には住民に何か恨みでもあるのかと感じるほどビジュアルが良くない住民もいる。Twitterにはそのビジュアルのよくない住民を虐待アカウントを作り、平気で虐待する虐待厨もいるほどで虐待厨の中には自分のやっていることは正当だとでも言わんばかりに開き直っている奴もいる。

なお、私のお気に入りはのまきばである(容姿は上記の画像参照)。まきばは一般的な人間の意見を聞く限りではあまり良い評価は得ておらず、巷の人間たちが離島ガチャと呼んでいる離島厳選システムで高い確率で出てくるらしいので美形と暮らしたいと思っている糞人間たちからは物理(網)でも言葉でも叩かれがちである。

なので正直、「いい加減にしろよ糞人間共?まきばを叩いたりその見た目でやだやだ言って泣きわめいたりするなら私は問答無用でお前らをブロックしに行くからな?」という気持ちが消えない。

そんな私でもまきばを筆頭に自分の好みの住民で島を固めているのでそういうことは言ってはいけないのかもしれない。住民への網叩きなどのいじめはしないが。私としては欲しい住民を離島厳選システムに頼るのが悪だと思うんだけどもね。割高だがカード買えば簡単に呼べるようになるのに。

そうやって考えるとバトルで活躍できれば見た目関係なしに選ばれるポケモンってゲームは優秀なんだなとも感じた・・・いや、こっちはこっちでバトルで活躍できるかどうかの能力、性能主義になるから別の意味でダメか。

女子キャラ研究家の私もルッキズムを肯定していることになるのだろうか

私はネット上では女子キャラ研究家を名乗り人間を嫌い女子キャラを愛でるようなことをしている人間である。このサイト読んでいる皆様ならご存知のとおり、女子キャラを絵ではなく、人間によく似た別種の生物として取り扱っている上に推しに対してモンペ気質なので女子キャラ自体を叩く人間や推しに対してキツく当たる女子キャラに対してはかなり厳しくなる。

そんな私もほぼルッキズムを肯定しているようなものではないだろうか。私が女子キャラ作品の中で推しを選ぶ時もビジュアル評価を入れており(とはいえ、私にとってのビジュアルは髪色、髪型、目の色、雰囲気などが基準だが。顔?基本的には全員問題ないだろう?)、性格と並んで重要な要素としてとらえている。そういった面を悪い方に見れば、私もルッキズムの塊である生物を愛している存在とも言える。

逆に現代風刺を取り扱っている作品を除けば女子キャラの世界にルッキズムなどというものは存在しない、もしくは人間のような容姿面で不利になる遺伝子が存在していないのではないかと考えている。実際、女子キャラクターは美少女設定のあるAという女子キャラとそうでないBという女子キャラがいたとしてもそれぞれ個性や特徴の方向性が違うだけで容姿面でのは特に差はないと感じている。巨漢の女子キャラは減量すると大半が美形となるなど一見不利な要素を持っている子もネタ要員などでなければ美形の素質は備わっている。

女子キャラの顔のレベルを例えて言えば、どの子も触感が違うだけの高級食材みたいなものなのでピンキリで不平等の激しい人間の遺伝子と比べるとあまり差がないからそういうことを意識しなくてもよいから見た目の良くない私でも楽しめるといったところか。もしこの表現で伝わらなかったらすまない。

・・・などと述べてはみたが、人間の理想の姿を描いたともいえる女子キャラを好きと言っている時点で私も無意識にルッキズムを肯定しているのかもしれない・・・だが人間に傷つけられ、彼女らに救われた経験のある私は女子キャラを追いかけることを辞めないし、それでも否定するなら前に女子キャラのエロ描写について書いた時と同様、「お前に何が分かる!」としか言えない。

人間はルッキズムから本能的に逃れることはできないのだろう

今回この時期を書きながら感じたことは

人間はルッキズムからは本能的には逃れられないように感じた。

綺麗なものを好むということは人間の遺伝子とか本能に組み込まれているようにも感じている。

・美しい宝石には価値を感じて目を輝かせるだろうが、道端の石ころには全く注目しない

・物を買うのに必要なお金は大量に欲しがるだろうが、ただの紙切れはゴミとして扱う

・ありふれたものには何も感じないのに珍しいものには価値を感じる

などのことと同じように。しかし、理性的には差別意識などを向けないようにすることで抑えることは可能ではないかとも考えられる。

私はどうするのかって?そうだな・・・私はもう対人関係で散々な目にあったせいで人間嫌いの女子キャラ好きで思考固定されてしまっている。女子キャラと共存する道を選んで人間に差別的意識を向けない方向に突き進むしかないんだろう。そして人間とは結婚しない。そうするしかない。

そしてこの記事を書くのに悪いことを言っていないか確認したり、何度も手直しを繰り返したせいで10日ほどかかった・・・ルッキズムや美醜の概念って人間の感情で一番難しい。誰もが納得いく結論など永遠に出せないのかもしれない・・・

それと、この問題は繊細なものであるがゆえに少しでも荒れるようであればこの記事の公開を停止することも考えている。

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