好きな事は簡単に共有するもんじゃないと感じた2019年の終わり

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私はかつて好きな事を共有出来る人間が必ずどこかにいていずれは出会うことができるのではないかと思っていた。だが、近年色々なことを得て好きな事なんて共有するもんじゃないという考えに傾きつつある。

というのも同じジャンルや作品が好きであってもわずかな違いやこだわりで(推しキャラ、作画、ストーリーなど)食い違いがあればすぐさま敵同士になってしまうことが多い気がするし、SNSでの発言(糞作品など)とかを見ているとなおさらそう思ってしまう。

そして、今年の私の基盤となっている2つの作品での経験で好きな事を共有することの悪い部分が明確になってしまったようにも思う。今回は私がなぜ好きな事は共有してはいけないと思ったのかその経緯を書いていく。

好きなものが同じでも対立することがあるイナズマイレブンオリオン&ポケモンソードシールド論争

私は今年2つの論争を経験した。前半はイナズマオリオン、後半はポケモンソードシールドの論争である。

前者は別館JKK分室でいろいろ言っている通りである。イナズマイレブンは制作陣が好き勝手にめちゃくちゃな話を展開したせいでイナズマイレブンに命を救われた私も幻滅する出来になっていて、イナズマイレブンではなくなってしまったのだ。それを上書きすべく無印を見て感想を書いているのだがここ数か月でこんなことをしてもオリオンで受けた傷が消えることはないという結論に行きつき、完全に萎えてしまい7話まで書いて断筆中である。

後者はポケモンのリストラに加え、発売後に発覚したSDカードのデータが消えてしまうという不具合によって大問題となり、大暴れする人間が増加して私も少なからずダメージを負う羽目になってしまい、色々とため込みすぎた結果不快な気持ちを感じてしまい、やりたい放題の制作陣、擁護するだけの信者、不買運動を押し付けようとするアンチに向けてこんな記事を書いたり、twitterでも以下のような発言をするまでになってしまった。

どちらも公式に問題があるのが共通している。だが擁護するだけの信者も叩いたり不買運動とか変な活動を始めようとするアンチの論争に巻き込まれ、もう嫌になってしまった(イナズマイレブンの方に関してはアンチの意見に全面同意だが)。

こんなことでいちいち神経質になる私は質のいいコンテンツにでも行けばいいのかもしれない。だが、私が興味のある女子キャラクター系のジャンルの中でそんなものどこにあるんだ?

恋愛系作品で自分の推しが男に選ばれなければ荒れ、日常系でもソーシャルゲーム系の作品でもストーリーに少しでも問題があったり、作画が悪かったりすればクソアニメだの言われ、女子キャラたくさんの作品を見てるやつはキモオタと言われ・・・こんなんじゃ女子キャラも泣いているよ!

それだったもう、誰かと好きな事を共有するなんてことは止めてこのサイトで評価されてないけどこの子が好き~この子は内容がちょっと合わなかった~って書いて流していた方が楽だと感じてしまった。私はおそらく絶望的に共有することに向いてないんだろう。

これでも私はいじめにあう以前は話し合えばすべての人間が仲良くなれるって言うことを信じていたところもあるから、人間に夢を見すぎてたのかもしれない。

理解されなくても私は自分の感じるままを大事にしていきたい

例え私の考えが誰にも伝わらなかったとしてもいずれは

「ストーリーは大きな矛盾がなければそれでいい、作画は多少悪くたってそれでいい、人間たちに評価されなくてもいいから自分が推しにしたJKの女子キャラが幸せで楽しそうに過ごす姿を見せてくれる作品が一番好きである。」

って言えるようにはなりたいと考えている。ダメージを受けることは今でも多いので、その境地まで行き着くにはまだ時間が必要そうだが。

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