私は神様は~を持ち出す人間を信用できない

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人間の中には

神様は見ている、神様は乗り越えられる試練しか与えない

などと言う人間がいる。日本は一部を除いて特定の宗教を信仰する無宗教の人間が多いがそれでも正月になれば神社に参拝に行く人も多いし、キリストの誕生日であるクリスマスを祝ったりもするし、日本神話にもたくさんの神様が登場するので、無宗教であっても心のどこかに神様という存在を信じているのかもしれない。

私は宗教の信者になったことはないし、実家の葬式の方法は仏教の浄土宗ではあるが、私は特に仏教を信仰しているつもりはない。それに加え誰が何を信仰するのかは迷惑をかけない限りは自由だというスタンスでいる。しかしながら、相手の悩みを聞いた時やに上記のような言葉を用いて神様を持ち出してくるのは何故なのだろうと昔から思っていた。なので今日は私が神様は~という言葉について思うことを書いていく。

神様は性格が悪いんじゃないだろうかと私は思っている

神様は見ているなどと言う言葉を聞いて私がいつも思っていたのは神様ってどこにいるの?という考えだった。私たちは神によって生かされているだの、神のおかげでこの世界が存在しているなどの話を聞くが私が思っているのは神様は性格があまりよくない存在なのではないだろうかということである。

なぜなら、人間たちを見れば分かる通り、人間は持っている要素に差がある。能力、顔、性格、性別、金など様々な要素で人それぞれ違いがあり、持ちたい能力を自分で選ぶことは絶対にできない。

中には持っているだけで割を食ってしまう部分(不器用、特殊性癖など)があることや中には突き出していても現在の社会では何の得にもならないもしくはマイナスになってしまう要素だってある。

日本では特に強い集団主義があるので同じような感じであれば馴染めるが、少しでも違いがあったりできないことがあったりするとキモイと言われ周りから嫌われたり、いじめをされることだってある。その先に待っているのは自殺や精神障害を抱える道だ。

もし神様が私たち人間を生かしていると仮定するならば、そういった要素で差を加えていることで苦しむ人間が生まれたり、逆に得する人間が生まれたりもする。そのような面を見ていると、神様って性格良くないんじゃないかな・・・と思ってしまうのである。

割を食ってしまう能力を持っている人間がこんなのいらなかったのに・・・と思ってしまう要素もあるだろう。実際、私もそうである(私の場合鼻がでかい上に臭いもよく分かるので、悪臭を嗅ぐとかなりつらい)。

苦しんでいる人に対して神様を持ち出すのはどうなのか

正直、何かの宗教や新道、仏門などを信仰している人間が神様は~というのは分かる。しかし、特に何かを信仰しているわけでもない一般人にそう言われると、どうしても

お前熱心に信仰しているわけじゃないのになんでこういう時に限って神様持ち出すんだと思ってしまう。逆に神様も迷惑しているんじゃないかと思ってしまう。

普段とくに神様を意識しているわけでもないのに神様は~などと言ってくる相手には何を話しても神様は~で片づけられるかもしれないから悩み相談なんて絶対にできないし、もしカルト宗教や新興宗教の勧誘をしてくるのではないかと疑ってしまうから友人関係になんてなれない。現に私はかつて知人から創価学会関連の宗教に勧誘されたことがある(後に調べた結果恐ろしさを感じて断ったが。もしあそこで入ってしまっていたら今頃は・・・)。

そういった経験もあって私は友人などに辛いと打ち明けられても神様を絡めた言葉は使わないと決めている。辛い状態の人間が神様云々言われても宗教を信仰していなければそんなこと言われても知るかよとしか思えないのではないだろうか。実際私も何度か言われたことはあるが救われた気持ちになんてなったことは一切なかった。

実際、日本史で神様は昔の人間が戦などで人を多く殺していたので、信じることで極楽浄土・・・つまり天国へ行けるようにする為に生み出されたと習った覚えがある。

私は宗教自体を否定するつもりはないし、信じている人は信じていればいいと思う。しかし、神様は~という言い回しを使う人間は正直信用できないなと思ってしまう。救われる人は救われるのかもしれないが救われない人だっているし、神を信じれば救われるというような推しつけの考えはあまり好きではない。

実際、私はWebサイトを読んでいて神を信じようとかこの世は○○が~みたいな言い回しのサイトを開いてしまったらすぐ閉じるようにしている。読んでいても何も得るものはないし、私は自分の信じられるものを信じたいと思うから。

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コメント

  1. 一力 篤史 より:

    私もそうですね。神だとか天とか宗教の話を持ち出してくる人については絶対に信用しないもしくは関わらないようにしています。
    今思うと女性が苦手になってしまったもう一つの理由がこの勧誘でしたね。
    私の場合は創価もそうですが、顕正会(発達障害の友人から聞いた話で特に発達障害の人達が狙われやすい)や真如苑?という宗教団体の勧誘もありました。
    私も同じく、宗教信仰するのは構わないし、否定はしませんが、あまりにもしつこく勧誘してくるのでは友人関係が築けないというかその人が嫌になるときもあり、なんで自分だけこんな目に合わなければならないのかと思うときもあります。
    私が思う狙われやすい特徴については、1.過去にいじめにあったことがあり人間不信、2.生涯または現在彼氏彼女がいないこと、3.いつも1人で行動している、4.気が弱いまたはおとなしい、5.腹を割って話せる友人がいないの5つが自分にとっては特にそうだと思うんですよね。実際私も当てはまってたので
    今まで気の合う友人や相談相手が仲良くなったけど、ある日急に難しい宗教の話をし、実際は宗教勧誘目当てで利用し、仲良くしただけという人達に正直、恐怖を感じますし、更に人間不信になってしまうと思いますね

    • zyoken より:

      一力 篤史様 コメントありがとうございます。
      私が勧誘されたのも創価学会の系列の中の顕正会でした。あの時は相手側に言われるがままに連れて行かれたのでよく分からず、後に家にばれて発覚した感じですね。それ以降宗教関係なくても神は見ている~などの言葉を聞いたり、宗教くさい物言いをした文章を見るとそんなの知らないよと反射的に思ってしまいます。
      狙われやすい特徴に関しては分かる気もします。人間不信で友人がいない人間ほどはまると信じやすくなってしまうと思いますので信者に引き込むのにうってつけですね。私の場合はそこまで親しくない相手が急に誘ってきたので仲が進展したのかなと思ったのですが甘かったのかもしれません。勧誘もしつこいですから、更に人間を信じられなくなり負のスパイラルに陥りますね。勧誘のために友人になる人間は正直言って親しくなる価値は全くないと思います。