突然だが皆様はこのような言葉を聞いたことがないだろうか?
この世界はいい人間から先に死んでいく世界だ
という言葉。私は近年この言葉が正しいような気がしてしまっている。なぜなら、以下の理由があるからだ。
なぜこの言葉が正しいと思うのか
私がこの言葉を正しいと思うその理由は、いじめやパワハラで自殺をしている人間の大半が辛さや痛みを感じ取れる強い人間だと思うからだ。そもそも自殺する人間は弱い奴だと言うが、そう言った立場に立たされている人間は自殺を考えるようになるまで理不尽な攻撃による苦しさに耐え続けている。そんな人間に向かって弱いとはなんという偏見がまかり通っているのだろうかと思わざるを得ない。
いじめ自殺した人間の大半は人を傷つけることなど考えたこともない人間であったはずだ。それが群れることでしか強気になれない悪い人間の集まりに肉体・精神的に傷つけられて追いつめられて結局視野が狭まって自死を選ぶしかなくなるので、生き残るのは人を平気で傷つけられ、蹴落とすこともできる悪い人間となる。そんな感じで悪い人間が子孫を作ってその子孫が親からの悪い影響を受け、また人をいじめるような悪い人間となって行く。そんな繰り返しではないのかとしか思えない。
確かに影響を受けない長生きするいい人間もいるのはわかる。だが、そんな人間はごく少数ではないかとしか思えない(特に男は)。私が出会ってきた男で温和かつ相手の気持ちを読み取れる繊細で心優しい人間は数えるほどしかいなかったような気がする。女性は男に比べると気持ちが分かる人が比較的多かった。
それに問題なのはいい人か悪い人かではなく、人の気持ちや価値観を無視して自分の意見をぶつけるばかりではなく相手の気持ちも聞いたうえで話してみることなのではないだろうかと思うのだ。
いい人から死んでいく世界ではあるが長生きするいい人もいる
私は今回いい人から先に死んでいくと書いたが、数少ない生き残っているいい人も別に存在していると思う。
そんな風に生き残っているいい人は程よくいい人ではないかと思うのだ。
程よくいい人は、悪い人間がするようなことをしないながらも完全ないい人として行動することもないいわゆる中立に近い存在ではないかと思う。悪いことをしないことで人を傷つけることもなく、いいことも尽くすぐらい行うのではなく、程よいぐらいに行うことで相手に依存するもしくはされることもなく平穏に過ごせる、そんな存在である。
しかしそれでも、レジに割り込みをする人間、暇つぶしにクレーマーと化する人間、仕事で使えなかったら金を払わないと脅す人間、三波春夫氏の「お客様は神様です」の意味を違う意味で捉えた結果店の店員に威張り散らす人間、友人関係となっても自分の都合が悪くなると平気で裏切る人間、アニメ=ロリコンの図式を過去の事件から無理やり作り出そうとしている人間・・・そんな腐った人間たちを見てきた結果、私は人のために役に立ちたい、人の助けになりたいなんて気持ちが全く出てこなくなった。なぜなら人間なんか助けたってすぐ裏切るか調子に乗るか・・・少なくとも私が出会ったのはそういう奴らばかりだった。
いじめやパワハラで自殺する人間をたくさん見ていると、この世は人を攻撃することのできないいい人から死んでいくという言葉が正しいのではないかと思わざるを得ない。上記でも挙げたとおりこの世界には悪い人間が圧倒的に多すぎるのだ。今のままの状態が続くのであれば人類にすら未来はないのではないかと思ってしまう。今期に50周年を迎えて復活した某妖怪人間たちとは逆に私は「早く人間を辞めたい。」と強く思う。
人間なんかよりも女子キャラのような性格以外で負の面を持たない生物がこの地球に栄えていればよかったのに。