SNSって作品の展開に影響及ぼすようになったよなって感じる

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SNSが発展した現代社会。その影響は一般人がインフルエンサーと呼ばれるような強力な発言権を持ったり、不確かな情報をばらまくことで主体性のない人間の心を平気で誘導できるようになったり、といういいのか悪いのかよくわからない影響をもたらした。

それは漫画やアニメ作品にも影響する様子がみられるようになり、しつこく発言を続けたとあるファンの迷惑すぎる言葉に折れて原作者や公式の方が展開を変えたり、キャラの存在をなかったことするなんてことも日常茶飯事となった。まあどんな発言をされたとしてもイナズマオリオンやスクスタのように誰の意見にも耳を貸さず腐った内容を書き続けた結果見放される作品もあるわけだが。

今回は私がSNSでの発言が作品に影響を及ぼすようになった件について自分の考えていることを書いていこうと思う。

私だって推しに幸せになってほしいよ?

正直、私はどの作品であっても推しに選んだ女子キャラに一番幸せになってほしいと考えているタイプなので、恋愛系では主人公男が推しを選ばないと恨むこともあるし、日常系などの恋愛が絡まない作品でも推しがいじられたり、扱いが悪かったりすると不快に思うことも多い。

しかし、私は自分のtwitterで自分の考えを交えて不満を吐き出すことはあっても作り手に批判意見を送ったりすることはほとんどない。碌な作品も作れていない私にそんな資格はないと考えているからだ。作る側の人間たちは毎日必死でストーリーを考え命を削って考えているのだから(できればそう思いたい。キャラ格差や作り手側に放漫さがある場合は以上疑いの目を向けるが)上から目線でプロのクリエイターでもない人間が偉そうに非難を述べるなんておこがましいにもほどがある。

それと同時に批判意見を送る人間の気持ちも分かってしまう。自分の一番好きなキャラが悲惨な目に遭っているのであれば不快な気持ちになるのも当然だ。SNSに書けば共感してもらえることだってあるし、私だって自分の意見に共感してもらえればうれしい。最近はそれこそSNSやまとめサイトで一部の腐った人間たちがそういう部分を煽ることも多いので、そういう意見を見ると不安な気持ちや怒りの気持ちがより強く出てしまうだろう。

確かに恋愛系の作品などは特殊なケースを除けば主人公男は女子キャラを一人しか選べないわけだし、1人選ばれて残りの子たちは主人公男に振られる結末を迎えることが必然的だ。その結果ファン同士で醜い抗争がおこることもあるし、中には原作者や公式のアカウントに突撃して推しと主人公男をなんでくっつけなかったんだと自己中な暴言を吐くバカ者もたくさんいる。

だが、それでいいのだろうか?自分本位な不満や怒りを作り手に直接ぶつけることで、本来構想を描いていたものをたかがSNSでイキっているような人間の言葉に追い詰められて作り手側が参り、展開を変更、キャラのフェードアウトをするということが普通に起こってしまうことが。

こんな状態が続いているから現代のオタクは民度が低いみたいなことを言われるのだろう。何かあれば炎上を起こして大暴れして・・・私だって不満は持つが、それを暴言を交えて作り手側のSNSにぶつけるのは作っている側に失礼だし、やり方としては非常だ。

やりきれない怒りはどうすればいいのか?

だが、やりきれない気持ちや怒りは残るもの。その作品は自分にとっての黒歴史だったと思い込み抱え続けるのもつらいものだ。なぜなら見ている時点でその作品が好きだからだ。正直女子キャラクターを15年近く取り扱っている私ですらこの怒りを解消する方法は未だに分からない状態だ。一応以下のようなやり方で対処することは可能なようである。

・不遇な扱いにした作り手側よりも自分の方が推しのことをよくわかってるからいいと思うようにする。

・キャラは好きだけど自分に合わなかった作品だったんだと割り切る。

・作品から離脱する。私みたいに色々な作品を渡り歩くか少し離れた場所で様子を見る。

・二次創作を書き、推しを幸せな扱いにする。

などの方法は聞いたことがあるが、この方法ですべての人間が納得できるわけじゃないし、実際私自身もどれも効果がなかった。そんな私が取った方法は自分が推したいと思えるJK女子キャラが登場する作品を片っ端から視聴して推しの数を増やすということだった。数が増えれば中には優遇されている子やそれ以外ではポケモンに推しの名前を付けて一緒に冒険している気分になるとか、自分を監督とし、女子キャラ11人集めて超次元サッカーのチームを作るとか・・・そういうそれらのおかげで私は何とか自らを保てている状態である。まあこのやり方を気持ち悪いと言われても否定できないが、私はこの方法しか思いつかなかったんだからどうしようもない。

作品を愛している気持ちがあるのは分かる、しかしその愛を暴走させすぎて憎悪へ変えて作り手側へ牙をむいてしまえばそれはもうネットの世界にうじゃうじゃいるアンチや煽りをする愉快犯と同類になってしまうだろう。

そんな状態になってしまったら研究家どころか評論家オタクとしても終わっている厨な人間になってしまう。そんな人間にだけはならないでほしいし、そんな人間が増え続けるたびにオタクのイメージが悪くなっていくのに耐えられない。どうしても耐えられないときは発言をする前にいったん自分の発言が過激すぎないか考えるようにするなどしよう。その行動をするだけでも未来がいい方に変わることだってあるのだから。

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