私はリメイク叩きをする懐古を理解できない

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最近、90年代作品のリメイク位置づけの作品が少年女子キャラ問わず多い。私はイナズマイレブンオリオンの刻印みたいな最低の作品さえ作らなければ基本的にリメイク肯定派である。オリオンの関してはリメイクというより新作ではあるが。なので、私は懐古の人間たちの考えがあまり理解できないのである。おそらくはクリエイターたちも話題になるような新しいものを作れなくなっているのだろう多分。作り手じゃないから知らないけど。

今回は私がリメイクを受け入れている理由と懐古の考えが理解できない理由を書いていくことにする。

私がリメイクを受け入れている理由

理由1:かつて推しだったあの子にまた会えるんだわーい

1番の理由がこれ。私は内容や作画よりも女子キャラを優先するタイプであり、私の私による女子キャラのための理想を求めて女子キャラの研究をずっと続けている。昔に見てい気に入った子がいる作品がリメイクされるのであれば私は大喜びで二度と会えないと思っていたあの子にまた会えるなんて最高と心で叫んでいる。

内容なんざどうなっていたっていい。BDの売り上げや世間の評価で動くようなSNSやまとめサイトみたいな毒だらけの場所に寄生している評論家気取りのアニオタなんか無視していい。リメイクの制作陣にはそれぐらいの言葉をかけてもいいと思っている。それにリメイクされるということはオリジナルにそれだけの人気や価値があったということの証明でもあるのだろう。

だが、一緒に不安も生まれる。snsが盛んになった今は炎上が普通に光景になりつつあるのでオリジナルと比べた内容の悪さなどで叩かれないかどうかが心配で仕方ないのだ。

私は基本的に自分に合っていて推せる女子キャラが一人以上いると言う前提で作品を選んで見ている人間なので、炎上はつらいものなのである。現在も愛ちゃん周りで炎上が続いているので心身を病んでいる

理由2:推しの子を少し違う形で見れるのが好き

私はリメイクはオリジナルでできなかったことをできるというのが長所だと考えている。つまり書かれ方、リニューアルされた新しい声優様が声を当ててくださるという違いが存在していることで推しのまた違った一面を見れるというのが楽しみでもある。

設定も新しく作り直されることも多い。例を挙げれば今現在(2021年4月時点)で視聴を続けているデジモンの太刀川ミミ様はリメイクである:版の太刀川重工の社長令嬢である方が好きである。ミミ様という女子キャラの良さが旧作以上に良くが引き出されていると感じたから。旧作の方は令嬢としては前半中盤が悪い面の強調が強かったし、続編ではアメリカ行って全く別の方向に行っちゃったからな・・・

そんなわけで推しを違う形で見れるという点に重点を置いているからリメイクに対して理解があるのかもしれない。その分ストーリーがダメになっていることもあるが別にいい。だって私は女子キャラの研究がしたいだけだからさ。

だから私は懐古を理解することはない

確かに私がリメイク作品を見ていても改悪された部分も目立つことはある。だが、新しい展開やオリジナルでは矛盾のあった設定なども改善されていることも多いのでリメイクは駄作駄作とSNSで嘆いて叩くだけの懐古のことは理解しがたい部分はある。

まあ分かり合う必要もないか。リメイクを叩いて過去は良かったと思い出に浸るのも一つの選択なのだろう。動画サイトのコメント欄でよく「昔のアニメは良かった。今は萌えばかりで安心できる作品が減った。」みたいなことをほざいている人間と同じ人種なんだろうし、どうせ女子キャラに向き合わずに批判している私とは大きく世界観の違う人間なのだろう。そういう奴らは自分で何か作ろうという勇気もないだろうし。

彼らにとって安心できる作品はサザエさんやくん時代のおそ松みたいな作品らしいが、私からすれば和やかで可愛らしい女子キャラアニメの方がよっぽど安心できる。なので近代のイキリオタクも過去に浸る懐古も私は嫌いだ。まあ彼らから見れば私も女子キャラに執着する気持ち悪い生物にしか見えないだろうから別にいいわ。

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